もし、自分への弔文を自分で書くなら・・・


中学生の時にはじめて親族の葬儀を経験しました。

葬儀は故人を偲んで送り出す場であると同時に、遺された人間にとっては「人生をどう生きるか」を見つめなおす機会でもあると感じました。

 

人生をミステリーツアーにしない

どういった人生を歩みたいか、考えてみればじっくりそんなことを考えたことはありませんでした。

周りと同じように、何の疑いもなく高校・大学に進学しました。

本流から外れたのは、大学時に就職活動ではなく税理士試験を始めたことでした。

当時は景気も良く、進路未定と記入した書類を提出したときの就職課の方からは素っ気ない態度をとられたものです。

合格の確証はもちろんないですし、大学卒業時の合格科目はゼロ。

たとえ大企業という船であっても必ずしも順風満帆ではなく、手に職をつけて自らの人生の主導権を握るということがモチベーションだったと記憶しています。

 

目標が道しるべで、目的がゴール

ところで、「目標」と「目的」の違いをご存知でしょうか。

私は同じ意味だと思っていましたが、会計事務所のインターンシップに参加した際に教えてもらった言葉であります。

「目標」は標(しるべ)と書きますが、「目的」は的(まと)です。

「目的」は目指すべき的、いわばゴールであり、そこに達するための通過点が道しるべである「目標」ということです。

試験勉強中によく言われたことは、税理士試験の合格を人生の「目的」にするなということでした。

 

幸せの定義を設定する

平井堅さんの新曲「ノンフィクション」の歌詞の一節に、「優れた人を羨んでは自分が嫌になる」とあります。

隣の芝生は青く見えるという言葉もあるように、人間だれしも嫉妬の感情は持ちうるでしょう。

しかし、「目的」を明確にして、成功や幸せといった定義を自分なりに設定すると気持ちも楽になります。

その達成に向けて精神衛生上、健全な努力ができると感じています。

最近、ある人に「自分の弔文を自分で書く」という話を聞きました。

自分の人生をこうありたいと言語化する手段だということで、やってみようと思いました。

 

【編集後記】

業務改善というのは、常に考えないといけないことですね。

この業界は、ルーティンの作業が少なからずあります。思考を停止して惰性で作業をしていては、ミスが出ていても気づかずに過ごしてしまうかもしれません。

むしろ単純作業ほど、工夫をして楽しく仕事をしたいものです。